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長い長い道程

うさぎさんのお遍路道中記

作成日:2011年09月04日 訪問日:2011年08月31日
24番札所 室戸山最御崎寺


一日目
朝6時玄関に集合し順次出発する。
私は伊吹ご夫婦、ツヅラちゃんと一緒に。
山下さん、宮本くんはそれぞれ後から出発した。
次の目的地は27キロ離れた海陽町の生本旅館だ。
これから2日間、札所が無い。ひたすら歩く苦業が待っていた。
コンビニで朝ごはんを買って、少し歩いてから食べることにした。
先達はもちろ伊吹のお父さん、続いて伊吹の奥様、ツヅラちゃん、私の順だ。
朝一番は風も冷たく、汗ばみはするが爽やかだ。
伊吹のお父さんが皆の歩きやすいペースを保ち、順調に歩みを進めた。
伊吹のお父さんが私達を写真に収める。行進する姿を撮ると言うので、奥様がお遍路フル装備の私が先頭を歩いた方がいいとおっしゃった。
つい調子に乗って両手両足を上げ行進した。
その変な姿を見て、奥様が笑った拍子に歩道の段差を踏み外し、転倒してしまった。膝が擦り剥け血がでてしまった。
心配する私に奥様は「大丈夫だよ」と言う。
私がバカをしたせいで、こんな結果になってしまった。本当に申し訳なく反省する。治療をするのでその場で朝ごはんにした。
おにぎりを一口食べるが、さっきのことがあり美味しさは感じられなかった。しょんぼりだ。
景色を見ながら歩き続ける。田んぼの上を蝶やトンボが飛び交い、蝉がシャーシャー・ミーンミーン・ツクツクボーシツクツクボーシと時間を追うごとに違う種類が鳴いていた。
途中、無料休憩所があり立ち寄る。屋根も椅子もあり、荷物を置いて休めるのでとても助かる。中には冷たいお茶やお菓子も置いてくださっているところもあった。
正午にさしかかるころ、鯖大師の案内看板がみえた。ちょうど『大福うどん』と言うお店があったので、お昼にすることになった。
ツヅラちゃんはきつねうどん、他はみんな大福うどんを注文した。
大福うどんもきつねうどんもでっかい。特にツヅラちゃんのお揚げは座布団のようだ。もちろん、大福うどんは屋号にちなんだオススメで、エビの天ぷらやお餅、お肉など盛り沢山だ。
美味しくいただいた後、疲れたという奥様をお店に残し、三人で鯖大師へ行くことにした。
歩くこと5分、鯖大師に到着。名前の通り鯖の石像があり、右の建物(洞窟)には88ケ所のご本尊様がずらーっと勢揃いして、暗い中にぼんやり明かりが灯され、とても幻想的だった。見る価値ありだ。
本堂、大師堂へお参りをし、奥様のお怪我が早く治るようお願いをした。
そして、この旅初めての番外ご朱印をいただいたのだ。

そこに宮本くんがでっかいザックとでっかいカメラをぶら下げてやってきた。
これが噂に聞いた、野宿セット装備10キロ超えザックと一眼レフ姿の歩き遍路姿だ、重そうだ、凄い。
彼は7時に宿を出発して追い付いてきたのだ。あんなに重い荷物を持ち、あちこちで撮影しながら追い付くとは侮れない、健脚さんだ。
大福うどんに戻ると、伊吹の奥様がきび饅頭をお接待してくださった。あっさりしていてとても美味しかった。
海を眺めながら気持ち良く歩く。潮風と波の音、そしてこの暑さ。立秋を過ぎたとはいえ、まだまだ夏真っ盛りだ。
鯖大師から、8キロ歩いたところでやっと生本旅館に到着した。
この旅館は伊吹ご夫婦のイチオシで、お料理が大変豪華で美味しいそうだ。もうお腹はぐーぐーなのだ。
しばらくして宮本くん、山下さんが到着した。山下さんは寝坊して8時に出発したらしい。その割りには着くのが早すぎる。日本全国、健脚がこれほど多いとは思わなかった。
夕飯は期待通りお刺身、ウニ、揚げ物、一品料理多数とどんどん出てきた。鮎の干物という珍しいものもいただいた。フルーツやスイーツも最後に出る。期待を超えた料理にみんなビールを飲んで大宴会となった。

二日目
今日はツヅラちゃんが完全歩きは大学休みに間に合わないということで、電車とバスを乗り継いで先に進むことになった。
昨夜二人で電車の時間と行き方を決め、朝一番で最寄り駅まで彼女を見送った。彼女とは来年3月に焼山寺へ再登頂する約束をしている。しばしの別れだ。「親切な人を見つけ一緒に連れて行ってもらいなさいね、ちょっとでも怖かったり嫌な感じがしたらすぐに逃げるんだよ。何かあったらすぐに連絡してね、いつでも駆け付けるから。」もう気持ちは旅立つ娘を見送る母親のようだ。
でも彼女は私よりしっかり者だ。ただ若くて可愛いから悪い人に騙されたりしないかとても心配だった。
こうして彼女と別れて、伊吹ご夫婦、宮本くんと前に進むことにした。
伊吹ご夫婦も今日で四国を離れることになっている。
私と宮本くんの今夜の宿である、ロッジおざきの4キロ手前の高速バス停から大阪へ帰られる。これまで長く私を支え、勇気付けてくれたご夫婦との最後の1日となった。
今日も快晴だ。海は輝き、波打ち際ではたくさんのサーファーが波待ちをしていた。
宿までは33キロ、遠いのだ。
いつものように伊吹ご夫婦が先導してくださり、私、宮本くんが後に続いた。
東洋町に入ったところで、私と宮本くんは明徳寺の東洋大師へお参りすることにし、伊吹ご夫婦は先に進むことにした。
時刻は午前11時半。
東洋大師には通夜堂という簡易宿泊小屋があり、初めて見せていただいた。
納経所には人は居らず、すでにご朱印が押された紙がセルフサービスでいただけるようになっていた。
置いてあったお接待用の冷たい麦茶を二人でいただいていると、山下さんが現れた。やはりこの人とも何か縁がありそうな予感がしてきたのだった。
宮本くんの撮影が終わるのを待って、伊吹ご夫婦を追い掛けた。
途中、『野根まんぢう』というお店があり、宮本くんが凄くオススメするので買って食べることにした。実は彼は高知県出身の土佐男だった。
野根スーパーが食料を買う最後のチャンスだ。たこ焼きを1パックずつと唐揚げを1パック買い半分こすることにした。
野根漁港近くの道路添いで木陰を見つけ、お昼ごはんにした。ビニールシートを広げ、宮本くんと仲良くたこ焼きをほおばる。美味しいねーと二人で笑う。彼の笑顔はとってもキュートだ。
ごはんを食べた後、ロッジおざきへ予約の電話を入れ、今夜の宿が確定した。宿の方から、野根からはお店が無くなるので、食料や飲み物を買っておくようアドバイスがあった。
ちょうど目の前に自販機があったので、お茶とお水を購入した。この自販機が最後の命の自販機だったことを後で知ったのだ。
ここからは延々と海岸添いを歩き続ける。日陰もほとんどなく、海面に反射する日光が眩しい。自然は美しくもあり、時には残酷に思えることもある。
景色は最高なんだけどなぁ…黙々と歩きながら、ソンちゃんや不良遍路さんが今どこで何をしているんだろう、いろいろ考える時間となった。
一時間以上歩いたので、木陰を見つけ、少し休憩することにした。彼の顔を見ると滝のような汗をかいていた。倒れないか心配だったので、ザックを下ろした後さっき買ったお水を頭の後ろと首にかけてさしあげた。とっても気持ちよさそうにしていて、私も嬉しかった。
最後の自販機から10キロ歩いてやっと佛海庵に到着した。ここで一休みしたかったが、地元のおばあちゃん達が集う時間だったらしく、とても近寄り辛かったので先に進むことにした。
100メートルほど歩いたところにガソリンスタンドがあり、やっと自販機を見つけることが出来た。駆け寄り、リアルゴールドを二本買い、宮本くんと飲んだ。妙に元気になったのだ。お茶も買っておいた。この辺りはお店も自販機もほとんどないので、特に暑い日は注意が必要である。
1キロほど歩くと、道端に二人のお遍路さんが倒れていた。伊吹ご夫婦だ。
近寄って笑い合った。時々疲れるとこうして木陰で寝るそうだ。
さっき買った冷たいお茶をお裾分けすると、美味しい~と言って飲んでくださった。
さぁ、あと3キロほどでバス停だ。
午後4時過ぎ、バス停に到着した。一番来てほしくない瞬間だ。
ここまでの数日間が走馬灯のように頭を巡る。涙を堪えて笑顔でお別れしたい、そう思っていた。
バスが来た。お二人が乗り込むと、もうどうしようもないくらい胸が潰れそうになった。一生懸命手を振った。涙は止められない、私のお大師様だったお二人にお別れをした。バスが走り去り二人きりになった。
宮本くんが「行こうか」と優しく声をかけてくださった。頷いて歩きだす。
私がお遍路旅を始め、たくさんのお遍路さんと知り合えた。知り合えた方はすべて伊吹ご夫婦との顔見知りだったのだ。大師様が私に巡り合わせてくださったに違いない。
もしこの先、伊吹ご夫婦に苦悩や病が降り掛かるなら、その全てを私の身に与え受けとめさせて欲しい、ご夫婦が幸せで楽しく過ごしていただけるよう大師様にお願いした。
ここからは宮本くんが私をサポートしてくださることになった。
いろいろお話しながら宿に到着した。時刻は午後5時15分、山下さんが既に到着し外でうろうろしていた。
部屋の窓を開けると駐車場だった。彼が夕陽を見ようと部屋に呼んでくれた。彼の部屋はオーシャンビューで、広いベランダには観葉植物や寝そべる椅子までもがあった。びどい格差だ。
ずるーい、ずるーい、彼に詰め寄った私は妬み遍路だ。
ベランダで明日からの行程を打ち合わせることにした。私が金曜日夜に帰る都合に合わせ、彼が一緒に歩いてくれるという。頼もしい限りだ。
明日は距離を優先し、宿が無ければ野宿することにした。
野宿は生まれて初めて、ドキドキの経験であるが、彼についていけば安心できる、そう思った。
その話を聞いていた山下さんが「無理無理、あんたに野宿は無理だよ」と言う。思わず「ブーッ」と膨れっ面をしてしまった。
このころから、お互いあだ名で呼び合うことになった。密かに山下さんにもあだ名をつけ、こっそり二人で呼んで喜んでいた。

三日目
朝5時に出発。まだ空は暗く、ザブーン、ザブーンと波の音だけが響く。
頑張ろうねーとお互い笑顔で歩きだす。
海を眺めながら私が先を歩く。彼は鶴林寺あたりで右足を捻挫していた。足のマメも酷い。おそらく挫いた足を庇うため、日頃使わない部分などにマメが出来るのだろう。とっても痛そうで見ていられない。
「マメ大丈夫?」と言うとにっこり笑って「大丈夫」と言う。頑張り屋さんなのだ。
景色の良いところで立ち止まっては撮影、私はそのレンズの先にあろう景色を眺める。
また少し歩き「ねぇ、この景色なんてどう」撮影を勧めるが、「ちょっと違うんだよね~」。構図はとても難しいようだ。
夫婦岩を通過し一時間に5分程度の休憩をとりながら進んだ。
途中、トイレ休憩で海洋深層水のセンターに立ち寄った。本来なら9時OPENだが、御手洗いをお借りしたいとお願いすると快く開けてくれた。おまけに冷たい海洋深層水まで出してくださった。
しばらく休憩して宿から12キロのところにある青年大師像に到着した。
白くて大きな青年の大師様だ。若々しいお顔は真っ直ぐ海の向こうを眺めていた。
続けて御蔵洞でお参りをし、ご朱印をいただいた。洞窟の右側が修行された場所、左側の大きい方で寝泊まりされていたようだ。
売店の中に一番札所にあったのと同じ艶めかしいお遍路マネキンがあった。私と同じ格好をしていたので、彼が並んで写真を撮らせてくれと言う。その顔はどう見ても笑いを堪えた顔だった。仕方がないので並んで同じポーズをとる。彼が爆笑する。完全に遊ばれている私であった。
いよいよ二十四番札所へ向かう。遍路道を見逃してしまったため、車道でお寺まで上がることにした。
お寺はとても高い位置にあり、上るのは一苦労だった。しかし、景色は最高だ。眼下に見下ろす街並みと果てしなく続く大海原。
札所に入り少し息を落ち着かせてからお参りをした。
ここまで無事に辿り着けたことへの感謝の言葉、そして伊吹ご夫婦を初めてとする今日までに知り合えたお遍路さん達の健康と益々の繁栄をお願いした。最後に宮本くんの足のマメが早くよくなるように力を込めてお祈りした。

ご朱印をいただいていると、山下さんが到着していた。
時刻は午前11時、今日はまだ予定の半分も来ていないのだ。気がとおくなりそうだった。

 
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鯖大師、本当に鯖があった

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行き倒れお遍路さん

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二十四番札所へ上がる道

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撮影中はお静かに

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プロフィール

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  • 性別:女性
  • 年代:50代
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